SNSのフォロワーが10年以上変わらない私が考える「炎上」について

最近、ネット上のどこでも炎上が起きています。

コロナ禍になって、人々の心が荒んでいるのかというと、そうでもなさそうな気もします。

最近ではcakesというネット上の媒体で立て続けに炎上事件が起こりましたが、

炎上はどこでも起こりうることです。

というか「絶対炎上を起こさせない」という運営は無理です。

彼らは何かと難癖をつけて放火を目論んでいるからです。

むしろ、ゼロリスクは諦めて、ある程度炎上するかもしれないという考えのもとに、色々と発表したほうがいいと思います。

炎上を恐れて何かを発表しないというのは、表現の萎縮そのものです。

 

一つ例を挙げます。

最近の若者は(主語が大きすぎますが)、政治的に保守的だといわれています。

選挙にはそもそも行かないし、行ったところで漫然と与党に投票するということで、野党支持者から批判されていますが、

彼らがこのような活動をするのは、この理屈から言うと、政治的なことにはあまりかかわりたくないというのが本音のところにあると思います。

香港では周庭氏のように、政治的な活動をする若者もいるのに、日本の若者は情けないという人もいるかもしれませんが、

それは、日本では一度乗ったレールから降りると、もう二度と戻れないという強迫観念があるからで、そうなりたくないがために、過度に目立つことを嫌うからだとすると、それも理解できます。

一部に非常に抜きんでた個性の持ち主がいたりしますが、それは相当の本人の覚悟があるからだと思われます。

news.yahoo.co.jp

就職のときに、周囲との同町圧力で、服装からマナーからすべて規制され、何事にも周りの目を気にしなければいけない時代に、また何かの調子で炎上して、人生のレールから落ちこぼれたらどうしようということを考えると、目立つことをするのはやめておこうということになります。

政治に関してもそうで、

例えば選挙では誰に投票したかということは、自分から言わない限り、自分以外わからないのですが、

それすらも若者にとっては恐怖の対象になっているのかもしれません。

自己肯定感が強ければ、例え人と違うことをしたとしても、自分のしたことについて自信があるので、何が起きても全く意に返さないのですが、

自己肯定感が低いと、「自分なんかがこれからの世の中を誰に託すかなんて、決めていいのだろうか」という思いから、選挙に行かなかったり、「多数派」とされる人に漫然と投票してしまうことになってしまいます。

ということを考えると、炎上の火をつけることができるのは、ある程度自己を確立して、もう自己主張をしても大丈夫と思っている人なのではないだろか。

実際、ネットの炎上に加担しているのは、ある程度社会的地位のある中高年層だという調査結果が、複数の筋から出ています。

 

 冒頭にも書いたとおり、炎上と言っても色々なジャンルがありますが、

自分が信じる正義が妨害されたときに、それが起こることが多いです。

それは、炎上の主要な層が、社会的地位のある中高年層であることとも合致します。

自己主張をすることが許された人は、自分の信じる世界以外のものは見たくないので、

それ以外のものが出てくると、拒否反応が起こります。

そして、私自身もそうではないかと言われると、返す言葉がないのですが、

私は差別界隈と性的界隈の炎上はなぜ起こるのか、わかりません。

まず差別界隈。人類の歴史は差別との闘いともいわれるぐらい、根が深い問題ですが、

あらゆる差別をしてはいけないというのは、人類の共通認識としてあると思います。

それなのに、ネット上では公然と外国人を差別する人がいるし、

cakesではホームレスの人を取り扱って炎上しました。(本文は読んでいません。)

人種差別はともかく、ホームレスの人なんかは、自己責任論と結び付けられて、

するべき努力を怠ったから、ホームレスという結果に陥ったわけで、差別する理由が当然あるという論調になりかねません。

人種差別については、アメリカにおける黒人差別、日本における中国・韓国人差別の両方とも、その外国人によって、自分の今いる地位が脅かされるという危機感から発生したものと考えられますが、

それで実害は発生したのでしょうか。発生したとして、それが原因だというエビデンスは得られたのでしょうか。それこそ自己責任の話になりますが、自らの仕事(技術とか製品とか)が外国人のそれより劣っていたからということは考えないのでしょうか。

それよりも分からないのが性的界隈です。

私は男性なので、女性の気持ちは分かりかねますが、

性的なイラストで、男性の性欲が惹起され、女性に被害が及ぶというのは、被害妄想というのは言い過ぎですが、

そういう加害者はもともとそういう素質があって、そのために、街角の性的なイラストよりももっと多様な選択肢を用いて、自らの性欲を満たそうとしていると思います。

街角の性的なイラストを見て、普通の人が性欲を惹起され、女性に被害が及ぶということは考えにくいと思います。(自制する心を持っていると思います。)

もしそれで性欲が惹起されたとすれば、広告としては成功しているといえるので、非難される筋合いはありません。

「子供に見せたくない」という人もいるかもしれませんが、それは大人がそれを知ってしまっているから羞恥心が生まれるだけの話で、

いずれ子供にもそれがわかる日が来る、というか、教育の現場で適切なタイミングと手法で行われるべきものです。

そもそも、こういう表現を片っ端からつぶしていくと、人類は滅亡しますよ。

いくらAIの時代だからと言って、次世代の育成まではやってくれないと思うし。