君の街まで。

私はかつて日本中を旅行していました。47都道府県のほとんどに行ったことがあり、それを自己PRのネタにしたこともあります。また、京都に住んでいるものとして、私自身観光産業に携わっているわけではないものの、観光収入で市民生活が成り立っているともいえるわけで。

 しかしこのコロナ禍にあって、(そろそろ「ころなか」で一発で変換できるようになってほしい。わざわざ登録するのは面倒くさい)不要不急の外出が避けられるようになり、旅行をすることもなくなりました。(もう行きたいところがなくなったというのもあるのですが)

GoToキャンペーン以前の問題

 そんなわけで旅行業界も虫の息になっています。実際、主要旅行業者の旅行取扱状況も、悲惨なことになっています。

 そんな観光業界を盛り上げようと、政府が「GoToキャンペーン」と称して、積極的に旅行をしようと呼び掛けたところ、コロナの第2波が来て感染者数が再び増加している事態を受け、世論の大反対にあってしまいました。

 さらには、全国旅行業協会の会長を務める自民党の二階幹事長らに、GoToキャンペーンを受託する団体から献金がなされていたことが発覚し、「やっぱりか」という流れになっています。

 まぁそもそもこれを書いた文春も、「献金ぐらいあるのではないか」と思って取材しているんだろうし、記者も「献金の裏が取れるまで帰るな!」と編集長にドヤされている可能性もありますが。

 GoToキャンペーンをめぐる諸問題については、ブロガーのちきりんさんがわかりやすくまとめています。

  ちきりんさんについては、色々と評価の分かれる人ではあると思いますが(はてなブックマークのコメント欄を非表示にしているのが主な原因だとは思いますが)、今回の件については納得のいく内容だと思います。そこにいくつか付け加えたいと思います。

 そもそもあの緊急事態宣言中に、なぜ不要不急の外出の自粛が求められていたかというと、いわゆる「三密」を避けるためであったはずです。人が一か所に集まるようなことがないように、みんなが家にいればいいという、いわば事なかれ主義の結果です。今でこそ飛沫で感染するということが知られていますが、当時は「空気感染する」という説がまことしやかに流れていて、それでステイホームが促進されたという面があると思います。それと、今回の新型コロナには潜伏期間があって、実際に感染してから発症するまでに時間がかかる。そしていざ発症したときに、医療体制の整っていない地方にいたら、助かりそうにない。という理屈で呼びかけられていたはずです。

 そうやってステイホームが浸透したおかげで感染者数が減り、5月下旬に緊急事態宣言が解除になり、6月中旬からは全国への移動も解禁になりました。そんな流れで旅行業界への援助もということでGoToキャンペーンが始まったんだと思いますが、7月に入って再び感染者が増えてきて、「今そんなことをやっている場合ではない」ということで炎上してしまったわけで。第2波が来ることは予想されていたことなので、やはり拙速だったなぁと思ってしまいます。

 しかしあの観光庁の数字を見て、これはこんな小手先のことで解決する問題ではないと誰も思わなかったのでしょうか。何といっても対前年比1%以下。1%減ではなく99%減。何もしないで手をこまねいているわけにはいかないという気持ちはわからなくはないけど、はっきり言って焼け石に水。というか焼け石に油といえるかもしれません。

「意識低い人」とつきあっていく

 今回のコロナ禍では、経路不明の人たちがたくさんいる中で、発生源に関する議論がどこまで有効かという話はありますが、結局のところ、「自分はちゃんと対策をしているのに、一部の意識低い人のせいで、いつまでも恐怖に耐えなければならない」と思わされてしまうという側面はあると思います。

今回のGoToに関しても、知らないところに行くと、どんな人がいて、どこでコロナをうつされるかわからないという恐怖の中に立たされているわけですが、それは自分の住んでいる地域であっても同じです。旅行に行ったら感染するけど、自宅周辺で活動していたら感染しないというエビデンスはありません。旅行に行っても感染しない人もいるし、自宅周辺で活動していても感染する人はいます。日本中どこにでも意識の低い人はいて、たまたま都市部の方が人口も多いので、密になりやすく、かつ意識の低い人が多いことで、それ以外の人が恐怖におびえてしまうという構図は、なんとかならないものでしょうか。

そしてそんな意識の低い人たちにとって「旅行料金が安くなる!」というのは最高のキャッチになります。「外出自粛しなくていい!しかも安い!」となると、出ていきたくもなります。今回の第2波の感染者の多くは若者だといわれています。人生経験も少なく、やりたいことを優先したいという気持ちもわかります。しかし「人に迷惑をかけない」というのは、子供のころから親に教育されているはずです。それでも反抗してしまう人には、今更「感染防止のために対策をしましょう」と言っても、聞く耳を持たないと思います。「withコロナ」というのは、これからはそういう人たちともつきあって社会生活を送らなければならないという意味も含まれているのではないかと思います。霞が関の官僚になるような上級国民の皆さんには、そういう意識の低い人たちと接触する機会があまりないので、そんなことも考えもしなかったのだと思いますが。